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草加市について,3分間基礎知識であなたの頭脳をパワーアップ!
埼玉県の南東部に位置していて,川口市,さいたま市,川越市,所沢市,越谷市に次いで県内で6番目に人口が多い草加市は,国から特例市に指定されていて,南側を東京都と接し,草加松原や草加煎餅で知られていて,人口は約23万8千人。
江戸時代に日光街道で,江戸から2つ目の宿場町として栄え,周辺部は水田地帯で稲作が盛んであった。戦後当初には,人口が5万人にも満たなかったが,高度経済成長期の松原
団地の造成や東武伊勢崎線と現東京メトロの営団地下鉄の日比谷線の相互直通運転開始によって,人口が爆発的に増大して,急激な都市化が進行した。
そのことによって市民の平均年齢は,近年引っ越して来た人が多いので比較的若く,子供の数も多い。
草加市の中心部は,都心までが約15kmという立地にあるが宿場町の面影を残す落ち着いた雰囲気の住宅地で,現在,松原団地の建て替え,再開発や草加宿を中心とした都市計画の『 今様草加宿 』が進められ,2000年に『 彩の国中核都市 』に指定,2004年に『 特例市 』に移行した。
草加市は,関東平野のほぼ中央部に位置しているが,市の大部分は低地で,綾瀬川をはじめ多くの河川が存在し,昔から大雨などによる洪水に悩まされ続けてきたが,東京外環自動車道とともに計画された綾瀬川放水路の完成などの治水事業に取り組んだ結果,大規模な洪水は激減した。
草加駅の東側にはイトーヨーカドー,丸井を核として構成する再開発ビル群のアコスや西友といった大型商業施設があるが,草加宿を中心とした商店街も広がっていて,江戸時代の面影を残している。
駅の西側には閑静な住宅街が広がっていて,ベッドタウンとしての一面を見せ,旧日光街道沿いにある『 草加松原 』,『 矢立橋 』,『 百代橋 』は,草加のシンボルである。
舟運で隆盛を極めた綾瀬川,札場河岸は,現在,舟着き場の石段を復元した公園として整備されていて,五角形の望楼のほかに,この地を訪れた松尾芭蕉の像や正岡子規の句碑なども建てられている。
草加市の河川には,綾瀬川,綾瀬川放水路,葛西用水路,八条用水,古綾瀬川,中川,伝右川,毛長川,辰井川がある。
草加市の産業は,総じて第3次産業が中心であるが,草加・八潮工業団地には製紙工場もあって,第2次産業もある。
草加の米菓せんべいは,日本を代表する名産で,『 草加せんべい 』として全国に知られるブランドで,1932年に組合が組織されると組織的なPRが展開されたが,草加せんべいは,原料米の統制により第二次世界大戦中は一時衰退したが,戦後間もなく復興し,1970年ごろ最高の売り上げと全国的な知名度で,市域に約120店舗を数えた。
その後には,ほかの地区から同種の大量生産品が広まり,売り上げが減少しているが,旧草加宿を中心に市域に現在でも約60店舗あり,手作り感の強い,醤油味がベースの丸い素朴な米菓で,草加市は埼玉県であるが東京みやげと扱われることも多く,同様なものとして千葉県にある東京ディズニーランドのみやげ物がある。
幕末から『 晒 - さらし - 業 』や『 浴衣 - ゆかた - 染め 』が市域南部を中心に栄え,浴衣染めは,長板中型が行われていたが,大正期に導入された『 注染 』が主流となり,出荷額が,1960年頃には最高に達したが,その後水質汚染などから規模を小さくしている。